KDG Archive — Redirected from the former Kyoto Dictyostelium Group Website
Up(細胞性粘菌の培養と観察)
Apr. 2002, revised Mar. 2013

細胞性粘菌の培養

細胞性粘菌には動植物に対する病原性は無いと考えられ、餌とする大腸菌なども安全性の高いとされるものが用いられているが、取扱いと実験後の処理には通常の微生物実験と同様の注意を払う必要がある。

培養の条件と増殖の様子

細胞性粘菌の餌

自然状態では、多くの細胞性粘菌はバクテリアを食べて増殖する。 実験室では、バクテリア増殖のための栄養分を含む寒天培地上で、バクテリア(大腸菌 Escherichia coli B/r など) と細胞性粘菌を一緒に培養することが多い。寒天を含まない液体培地中でバクテリアと細胞性粘菌を混合して旋回培養することもできる。 また、あらかじめ増やしたバクテリアと細胞性粘菌を、栄養分を含まない寒天上あるいは塩溶液中で培養することも多い。 このように餌とする生物と一緒に培養する方法をニ員培養(または二者培養、two-membered culture, monoxenic culture)とよんでいる。また、加熱などによって殺したバクテリアを餌にすることもできる。

Acrasis 属を含むいくつかのグループは細胞性粘菌に分類されてきたが、細胞の形態や運動様式の違い、さらに分子系統的な解析から、他の細胞性粘菌と系統的に大きく離れていると考えられるようになった。Acrasis は枯れた植物などの上で小型の酵母を餌としていると考えられている(実験室では Rhodotorula 属の酵母が餌として用いられる)。

Dictyostelium discoideum (キイロタマホコリカビ)という種では、バクテリアを食べなくても人工培地で増える株(axenic strain)が作られていて、バクテリア由来の物質が混入すると具合の悪い生化学的な研究や、遺伝子導入を用いる研究に広く使われている。 人工培地だけでの培養をここでは単独培養とよぶ(一者培養または無菌培養ともよばれる、axenic culture)。単独培養に用いる培地は、ふつう寒天で固めずに液体のままで用いられる。旋回培養にすることが多いが、多量の細胞を急いで増やす必要が無ければ静置培養でもかまわない。 倒立顕微鏡があれば、プラスチックシャーレ中で静置培養すると細胞の状態をいつでも簡単に観察できる。 Axenic 株の単独培養では細胞質分裂に少し異常があって、核を2つ以上持つ多核の細胞が生じやすい。 また、キイロタマホコリカビの野生型や Polysphondylium pallidum (シロカビモドキ)という種でも人工培地で増やす方法が報告されている。

培養の環境

二員培養の場合、浮遊するカビの胞子などが少ない環境なら、普通の実験室で実験・観察だけでなく培養の操作もできる。 これは、粘菌の餌として増やしているバクテリアが圧倒的に多いため、他の微生物がわずかに混入してもあまり増えることができないためと考えられる。 しかしシャーレやビンなどの蓋をあける回数と時間は必要最小限にして、カビなどの混入を防ぐようにする。 また、微生物の混入は空気中からよりも接触による場合がずっと多いので、器具や溶液は必ず滅菌したものを使う。

よりコントロールした培養をおこなうのためには、培地の分注、植付けなどの操作は無菌環境(他の微生物を排除した環境)でおこなう。 クリーンベンチとよばれるフードを用いることが多いが、殺菌灯を備えた簡易型の無菌箱なども有効。餌のバクテリアを使わない単独培養では、酵母が少しでも混入すると急速に増えて除去できなくなるので、無菌的な環境で培養の操作をする必要がある。 二員培養の場合でも、栄養培地をある程度作り置きするには、無菌環境で分注する方が良い。

培養の温度・湿度

特に暑くならなければ室温でも可能。適温は種によって異なるが、増殖にも発生にも 21 C 〜 22 C が標準的に用いられている。 より広い範囲の温度も使えるが、温度が低すぎると増殖や発生の進行が遅く、高温には弱い(特にキイロタマホコリカビの場合は 25 C を越えない方が良い)。 いずれにしても培養条件はできるだけ一定にするのが良いので、ある程度の温度管理をするのが望ましい。 研究用には冷却のできる恒温培養器や恒温室が使われるが、温度の変動や庫内の温度ムラが大きいこともあるので、温度を厳密にコントロールしたい場合は使用する場所の実際の温度を確認する必要がある。特に、温度感受性の変異株を使った実験には、一般用の恒温培養器は不十分なので、特別の装置を自作することが多い。

プラスチックシャーレは、蓋がちゃんとしてあっても横からの風があたると乾きやすい。恒温培養器は、庫内の温度を均一にするためにファンで空気を混ぜているものが多く、横から強い風があたることもあるので注意が必要。

増殖の速さ

温度などの環境が一定で各細胞のまわりに食物が十分ある間は、各細胞はほぼ一定の時間間隔で細胞分裂をおこなうので、全体の細胞数は指数関数的に増える。このとき、細胞数が2倍になるのにかかる時間を倍加時間(doubling time)とよんでいる。倍加時間は、細胞密度(静置培養の場合は培地の単位面積当たりの細胞数、旋回培養の場合は培地の体積あたりの細胞数)の増加を片対数グラフ用紙にプロットしてグラフ的に求めることができる。倍加時間が一定の期間は対数増殖期(logarithmic growth phase、あるいは単に対数期、log phase)とよばれる。

状態の良い増殖期の細胞を植え継いだ場合、植え付け直後に細胞の増加が起こらない期間(誘導期)というものはあまり見られず、すぐに順調に増え始めるように思われる。胞子を植え付けた場合は、熱処理などで発芽を誘導した場合でも発芽に少なくとも3時間ほどかかる。

細胞がどんどん増えて細胞密度が高くなると増殖速度はしだいに低下し、ついには細胞が増加しなくなる(定常期、stationary phase)。ニ員培養の場合は餌のバクテリアはほとんど消費され、細胞性粘菌の細胞は、種や環境条件によって無性生殖過程(子実体形成過程)、ミクロシストの形成、または有性生殖過程(マクロシスト形成過程)に移っていくが、高栄養の液体培地中での単独培養では2日ほどの定常期のあいだ細胞の状態が次第に悪くなり、最後は死んでいく。

増殖のモニター

液体培養を用いる場合、自分の使う培養条件で増殖曲線を描いて対数増殖期を確かめ、倍加時間を求めることを一度しておくのが良い。キイロタマホコリカビが大腸菌を餌として増える場合、倍加時間は 22 C で3時間あまり、単独培養では9時間くらいになる。固形培地上のニ員培養では、餌と粘菌の細胞の分布が完全に均一になることは望めないし、細胞の計数も困難なので、もっと大雑把に増殖の様子をモニターする方法を知っておく必要がある。細胞性粘菌を培養するプレートと並行して餌だけのプレートを作ってこれらを比べると、一面にひろがったバクテリアの層が細胞性粘菌に消費されてどのように薄くなっていくかがわかる。これを覚えておくと、実験用に細胞性粘菌を増やすとき、プレートを見ただけで細胞性粘菌の増殖の程度の見当をつけることができる。ただ、バクテリアの増えが悪いときもバクテリアの層が薄く見えるので、注意が必要。


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二員培養用の培地

組成

細胞性粘菌をバクテリアで増やす場合の固形栄養培地の組成の例を次に示す。 N 培地 、SM 培地は多量の細胞が必要な場合や、ストックプレートに適している。 D. discoideum(キイロタマホコリカビ), D. mucoroides (タマホコリカビ), D. purpureum (ムラサキタマホコリカビ), Polysphondylium violaceum (ムラサキカビモドキ) などの頑丈な種はこれらの培地で良く増え、子実体も形成するが、Acytostelium(エツキタマホコリカビ属), D. lacteum (コタマホコリカビ), P. pallidum (シロカビモドキ)等の繊細な種では途中で増殖が止まったり、増殖しても子実体形成が進行しないこともが多い。そのような場合には LP 培地のような栄養分の少ない培地を用いるか、別に増やしたバクテリアと栄養分を含まない培地で培養する。 D. discoideum のような種でも、二員培養の状態で集合や形態形成を観察する場合は、LP 培地などの栄養分の少ない培地の方が適している。 Rev

液体培養には、これらの組成から寒天を除いたものを用いる。

N 培地 (Bonner's nutrient agar, 文献1)
ペプトン 10 g,ブドウ糖 10 g,
KH2PO4 1.45 g,Na2HPO4・12H2O 0.96 g,
寒天 20 g,蒸留水 1000 mL.
SM 培地 (文献2)
ペプトン 10 g,ブドウ糖 10 g,イースト抽出物 1.0 g,
KH2PO4 1.5 g,K2HPO4 1.0 g,MgSO4 0.5 g,
寒天 20 g,蒸留水 1000 mL.
LP 培地 (文献3)
ペプトン 1 g,乳糖 1 g,
寒天 20 g,蒸留水 1000 mL.


固形栄養培地

  1. 必要な培地の量にあわせて組成を換算し、重量の少ない成分から順に秤量して、3角フラスコに入れる。
  2. 寒天を加える前に蒸留水の3/4量くらいを加え、ゆっくり攪拌してできるだけ溶かす。
  3. 寒天を加えてさらに攪拌し、残りの水で器壁についた寒天粒子を流すように入れる。
  4. 2枚重ねたアルミフォイルで蓋をして、オートクレーブする。
  5. 70〜60度くらいまで温度が下がってからフラスコを取り出し、培地が均一になるように十分に攪拌(旋回)する。泡が立たないように丁寧にする。
  6. シャーレに分注し、固化して十分さめてから、密閉容器に入れて保存する。


液体培地

  1. 栄養培地の処方から寒天を除いた成分を蒸留水に溶かす。
  2. 完全に溶けてから培養の計画に合わせて三角フラスコに分注し、2重のアルミフォイルでふたをしてオートクレーブ滅菌する。


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二員培養の方法

準備



実験用ストックの作成

以下の方法は、細胞性粘菌を1種類だけ使う場合に、バクテリアのストックプレートと1種類の細胞性粘菌のストックプレートを一緒に作ることを想定している。2種以上の細胞性粘菌を使う場合はプレートの枚数を増やし、粘菌の種毎に白金耳を火炎滅菌する。 (長期保存のためのストックの作成 → 「細胞性粘菌の長期保存」

  1. エッペンドルフチューブを用いる場合は、滅菌したピペットチップで滅菌蒸留水を必要量(a)入れる。
  2. バクテリアの親ストックから、火炎滅菌(b)した白金耳で少量のバクテリアを取り、滅菌蒸留水に入れる。
  3. 新しい栄養培地のプレート2枚に上のバクテリア懸濁液をそれぞれ約 0.2 mL 滴下して、火炎滅菌(c)したスプレッダーで拡げる。
  4. 細胞性粘菌の子実体の胞子塊に、先ほど使った白金耳(d)で触れて胞子を取る。
  5. これを、上で作ったバクテリアのプレートの1つに接触させ、先ほど使ったスプレッダー(d)で拡げる。
  6. これらのプレートを恒温培養器などに入れる(e)
  7. バクテリアのストックプレートは、培養開始から2〜3日くらいで冷蔵庫に移す(f)
  8. 細胞性粘菌のストックプレートは、プレート全体で子実体が十分成熟したら(g)冷蔵庫に移す(h)


固形培地を用いた培養

固形培地を使う場合は、基本的には上の細胞性粘菌のストックプレートの作成と同様。

  1. 火炎滅菌した白金耳でバクテリアのストックから必要量を取り、滅菌蒸留水に入れる。
  2. 細胞性粘菌のストックの子実体の胞子塊をいくつか(キイロタマホコリカビの場合、大きな子実体なら 2〜5 個/プレート)を取り、滅菌蒸留水に加える。
  3. これをよく撹拌し(vortex mixer が便利。ピペッティングで混ぜる場合はあふれささないように慎重に)、0.2〜0.3 mL を培地表面に適下してスプレッダーで丁寧に拡げる。
  4. これらのプレートを恒温培養器などに入れて培養する。


液体培地を用いた培養

  1. 滅菌チューブに液体培地を少量とる。
  2. 火炎滅菌した白金耳でバクテリアのストックから必要量を取り、液体培地に懸濁する。
  3. 細胞性粘菌のストックの子実体の胞子塊をいくつか(キイロタマホコリカビの場合、大きな子実体なら 2〜5 個/プレート)を取り、バクテリアの懸濁液に加える。
  4. これをよく撹拌し、フラスコの中の液体培地に加える。
  5. 旋回培養器に固定して 120〜200 rpm(回転/分)の速さで運転する。



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単独培養用の液体培地

組成

キイロタマホコリカビの axenic 株としては、Ax-2 (Ax2, AX2 などとも書かれる)、A3 (Ax-3, Ax3, AX3)、Ax4 (AX4, KAx3) が広く用いられている。 これらは NC-4 株(D. discoideum の基準培養株、type culture strain)に由来する変異株だが、これらを親株として多数の突然変異体や遺伝子改変株が作られていて、それらと比較するときは野性型として扱われている。

これらの株の培養に用いられる液体培地の組成の例を次に示す。

Axenic 株の培地 (文献4)
ペプトン 14.3 g,イースト抽出物 7.15 g,ブドウ糖 15.4 g,
KH2PO4 0.486 g,Na2HPO4・12H2O 1.28 g,
蒸留水 1000 mL.


液体培地の作り方

  1. 上の組成からブドウ糖を除いたものを 950 mL になるように蒸留水に溶かし、例えば 190 mL ずつ分注する。
  2. 上の20倍の濃度になるようブドウ糖を蒸留水に溶かす(たとえば 30.8 g を溶かして 100 mL 溶液をつくる)。
  3. これらをオートクレーブ滅菌する。
  4. 使うときにブドウ糖の20倍ストック溶液を培地の 1/19 量加える。


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単独培養の方法

静置培養

  1. シャーレなど(a)に滅菌済の液体培地を適量(b)分注する。
  2. 旋回培養から植継ぐ場合、細胞が浮遊している培養液をシャーレ中の培地に適量加え、ゆっくり旋回させてシャーレの底全体に培地を拡げる。静置培養のプレートから植継ぐ場合は、その培養液をピペットを使ってシャーレの底に吹きつけて細胞を浮遊させ、浮いた細胞を含む培地を適量ピペットで新しい培地に移す(c)
  3. できるだけ水平で振動の少ないところに置く(d)


旋回培養

  1. 三角フラスコに滅菌した培地を分注する(a)
  2. 旋回培養から植継ぐ場合、もとの培養液の中の細胞密度を血球計算盤などで求め、フラスコを良く撹拌してすぐにマイクロピペットなどで必要量を量って新しい培地に加える(b)
  3. 旋回培養器に固定して 120〜200 rpm(回転/分)の速さで運転する(c)



費用

ペプトン、イースト抽出物ともに 500g 数千円、寒天は 500g 約1〜3万円。

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引用文献

  1. Bonner, J. T. (1947). Evidence for the formation of aggregates by chemotaxis in the development of the slime mold Dictyostelium discoideum. J. Exp. Zool. 106, 1-26.
  2. Sussman, M. (1961). Cultivation and serial transfer of the slime mold Dictyostelium discoideum in liquid nutrient medium. J. Gen. Microbiol. 25, 375-378.
  3. Raper, K. B. (1951). Isolation, cultivation, and conservation of simple slime molds. Quart. Rev. Biol. 26, 169-190.
  4. Watts, D. J. and Ashworth, J. M. (1970). Growth of myxamoebae of the cellular slime mould Dictyostelium discoideum in axenic culture. Biochem. J. 119, 171-174.
  5. Cocucci, S. M. and Sussman, M. (1970). RNA in cytoplasmic and nuclear fractions of cellular slime mold amebas. J. Cell Biol. 45, 399-407.
  6. Franke, J. and Kessin, R. (1977). A defined minimal medium for axenic strains of Dictyostelium discoideum. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 74, 2157-2161.

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