Up(細胞性粘菌の培養と観察)
Apr. 2002, revised Mar. 2013
細胞性粘菌の培養
細胞性粘菌には動植物に対する病原性は無いと考えられ、餌とする大腸菌なども安全性の高いとされるものが用いられているが、取扱いと実験後の処理には通常の微生物実験と同様の注意を払う必要がある。
培養の条件と増殖の様子
細胞性粘菌の餌
自然状態では、多くの細胞性粘菌はバクテリアを食べて増殖する。
実験室では、バクテリア増殖のための栄養分を含む寒天培地上で、バクテリア(大腸菌 Escherichia coli B/r など) と細胞性粘菌を一緒に培養することが多い。寒天を含まない液体培地中でバクテリアと細胞性粘菌を混合して旋回培養することもできる。
また、あらかじめ増やしたバクテリアと細胞性粘菌を、栄養分を含まない寒天上あるいは塩溶液中で培養することも多い。
このように餌とする生物と一緒に培養する方法をニ員培養(または二者培養、two-membered culture, monoxenic culture)とよんでいる。また、加熱などによって殺したバクテリアを餌にすることもできる。
Acrasis 属を含むいくつかのグループは細胞性粘菌に分類されてきたが、細胞の形態や運動様式の違い、さらに分子系統的な解析から、他の細胞性粘菌と系統的に大きく離れていると考えられるようになった。Acrasis は枯れた植物などの上で小型の酵母を餌としていると考えられている(実験室では Rhodotorula 属の酵母が餌として用いられる)。
Dictyostelium discoideum (キイロタマホコリカビ)という種では、バクテリアを食べなくても人工培地で増える株(axenic strain)が作られていて、バクテリア由来の物質が混入すると具合の悪い生化学的な研究や、遺伝子導入を用いる研究に広く使われている。
人工培地だけでの培養をここでは単独培養とよぶ(一者培養または無菌培養ともよばれる、axenic culture)。単独培養に用いる培地は、ふつう寒天で固めずに液体のままで用いられる。旋回培養にすることが多いが、多量の細胞を急いで増やす必要が無ければ静置培養でもかまわない。
倒立顕微鏡があれば、プラスチックシャーレ中で静置培養すると細胞の状態をいつでも簡単に観察できる。
Axenic 株の単独培養では細胞質分裂に少し異常があって、核を2つ以上持つ多核の細胞が生じやすい。
また、キイロタマホコリカビの野生型や Polysphondylium pallidum (シロカビモドキ)という種でも人工培地で増やす方法が報告されている。
培養の環境
二員培養の場合、浮遊するカビの胞子などが少ない環境なら、普通の実験室で実験・観察だけでなく培養の操作もできる。
これは、粘菌の餌として増やしているバクテリアが圧倒的に多いため、他の微生物がわずかに混入してもあまり増えることができないためと考えられる。
しかしシャーレやビンなどの蓋をあける回数と時間は必要最小限にして、カビなどの混入を防ぐようにする。
また、微生物の混入は空気中からよりも接触による場合がずっと多いので、器具や溶液は必ず滅菌したものを使う。
よりコントロールした培養をおこなうのためには、培地の分注、植付けなどの操作は無菌環境(他の微生物を排除した環境)でおこなう。
クリーンベンチとよばれるフードを用いることが多いが、殺菌灯を備えた簡易型の無菌箱なども有効。餌のバクテリアを使わない単独培養では、酵母が少しでも混入すると急速に増えて除去できなくなるので、無菌的な環境で培養の操作をする必要がある。
二員培養の場合でも、栄養培地をある程度作り置きするには、無菌環境で分注する方が良い。
培養の温度・湿度
特に暑くならなければ室温でも可能。適温は種によって異なるが、増殖にも発生にも 21 C 〜 22 C が標準的に用いられている。
より広い範囲の温度も使えるが、温度が低すぎると増殖や発生の進行が遅く、高温には弱い(特にキイロタマホコリカビの場合は 25 C を越えない方が良い)。
いずれにしても培養条件はできるだけ一定にするのが良いので、ある程度の温度管理をするのが望ましい。
研究用には冷却のできる恒温培養器や恒温室が使われるが、温度の変動や庫内の温度ムラが大きいこともあるので、温度を厳密にコントロールしたい場合は使用する場所の実際の温度を確認する必要がある。特に、温度感受性の変異株を使った実験には、一般用の恒温培養器は不十分なので、特別の装置を自作することが多い。
プラスチックシャーレは、蓋がちゃんとしてあっても横からの風があたると乾きやすい。恒温培養器は、庫内の温度を均一にするためにファンで空気を混ぜているものが多く、横から強い風があたることもあるので注意が必要。
増殖の速さ
温度などの環境が一定で各細胞のまわりに食物が十分ある間は、各細胞はほぼ一定の時間間隔で細胞分裂をおこなうので、全体の細胞数は指数関数的に増える。このとき、細胞数が2倍になるのにかかる時間を倍加時間(doubling time)とよんでいる。倍加時間は、細胞密度(静置培養の場合は培地の単位面積当たりの細胞数、旋回培養の場合は培地の体積あたりの細胞数)の増加を片対数グラフ用紙にプロットしてグラフ的に求めることができる。倍加時間が一定の期間は対数増殖期(logarithmic growth phase、あるいは単に対数期、log phase)とよばれる。
状態の良い増殖期の細胞を植え継いだ場合、植え付け直後に細胞の増加が起こらない期間(誘導期)というものはあまり見られず、すぐに順調に増え始めるように思われる。胞子を植え付けた場合は、熱処理などで発芽を誘導した場合でも発芽に少なくとも3時間ほどかかる。
細胞がどんどん増えて細胞密度が高くなると増殖速度はしだいに低下し、ついには細胞が増加しなくなる(定常期、stationary phase)。ニ員培養の場合は餌のバクテリアはほとんど消費され、細胞性粘菌の細胞は、種や環境条件によって無性生殖過程(子実体形成過程)、ミクロシストの形成、または有性生殖過程(マクロシスト形成過程)に移っていくが、高栄養の液体培地中での単独培養では2日ほどの定常期のあいだ細胞の状態が次第に悪くなり、最後は死んでいく。
増殖のモニター
液体培養を用いる場合、自分の使う培養条件で増殖曲線を描いて対数増殖期を確かめ、倍加時間を求めることを一度しておくのが良い。キイロタマホコリカビが大腸菌を餌として増える場合、倍加時間は 22 C で3時間あまり、単独培養では9時間くらいになる。固形培地上のニ員培養では、餌と粘菌の細胞の分布が完全に均一になることは望めないし、細胞の計数も困難なので、もっと大雑把に増殖の様子をモニターする方法を知っておく必要がある。細胞性粘菌を培養するプレートと並行して餌だけのプレートを作ってこれらを比べると、一面にひろがったバクテリアの層が細胞性粘菌に消費されてどのように薄くなっていくかがわかる。これを覚えておくと、実験用に細胞性粘菌を増やすとき、プレートを見ただけで細胞性粘菌の増殖の程度の見当をつけることができる。ただ、バクテリアの増えが悪いときもバクテリアの層が薄く見えるので、注意が必要。
組成
細胞性粘菌をバクテリアで増やす場合の固形栄養培地の組成の例を次に示す。
N 培地 、SM 培地は多量の細胞が必要な場合や、ストックプレートに適している。
D. discoideum(キイロタマホコリカビ), D. mucoroides (タマホコリカビ), D. purpureum (ムラサキタマホコリカビ), Polysphondylium violaceum (ムラサキカビモドキ) などの頑丈な種はこれらの培地で良く増え、子実体も形成するが、Acytostelium(エツキタマホコリカビ属), D. lacteum (コタマホコリカビ), P. pallidum (シロカビモドキ)等の繊細な種では途中で増殖が止まったり、増殖しても子実体形成が進行しないこともが多い。そのような場合には LP 培地のような栄養分の少ない培地を用いるか、別に増やしたバクテリアと栄養分を含まない培地で培養する。
D. discoideum のような種でも、二員培養の状態で集合や形態形成を観察する場合は、LP 培地などの栄養分の少ない培地の方が適している。 Rev
液体培養には、これらの組成から寒天を除いたものを用いる。
- N 培地 (Bonner's nutrient agar, 文献1)
-
ペプトン 10 g,ブドウ糖 10 g,
KH2PO4 1.45 g,Na2HPO4・12H2O 0.96 g,
寒天 20 g,蒸留水 1000 mL.
- SM 培地 (文献2)
ペプトン 10 g,ブドウ糖 10 g,イースト抽出物 1.0 g,
KH2PO4 1.5 g,K2HPO4 1.0 g,MgSO4 0.5 g,
寒天 20 g,蒸留水 1000 mL.
- LP 培地 (文献3)
-
ペプトン 1 g,乳糖 1 g,
寒天 20 g,蒸留水 1000 mL.
- リン酸塩の水和水の数が異なる試薬を使う場合はもちろん重量を補正する必要がある。
- オリジナルの文献にある処方を示してあるが、培地の名前が同じでも研究者によって少しずつ改変していることが少なくない。
- 培地の強度が十分な範囲で寒天の量を減らして良い。寒天の種類によるが、ふつう 15 g/L で十分。
- 培養中 pH が弱酸性に保たれることが重要。窒素源(ペプトン)と炭素源(糖)の割合、2種のリン酸塩の割合は、大体その条件を満たすようになっている。しかし、自分の使う条件によっては少しばかりの調整をする方が良いことがある。この研究室では、使っているバクテリアの増殖効率を高めるため、SM 培地のブドウ糖を少し減らしリン酸を増やしている
- 栄養分の少ない培地の代表としてオリジナルの LP 培地を挙げたが、細胞性粘菌の種類や実験の目的に合わせて、LP 培地にリン酸バッファーを含めたもの、LP 培地の養分を更に減らしたもの、逆に増やしたもの(5LP 培地など)、乳糖のかわりにブドウ糖を使うもの、なども使われている。また、SM 培地の寒天以外の成分を薄めたもの(SM/5 培地など)も使われている。
- 土壌サンプルから細胞性粘菌を分離する場合は、干し草や稲藁の熱湯浸出液を寒天で固めた培地(hay infusion agar)、あるいは栄養分を含まない寒天培地が用いられている。(→ 「野外サンプルからの細胞性粘菌の分離」)
固形栄養培地
- 必要な培地の量にあわせて組成を換算し、重量の少ない成分から順に秤量して、3角フラスコに入れる。
- 寒天を加える前に蒸留水の3/4量くらいを加え、ゆっくり攪拌してできるだけ溶かす。
- 寒天を加えてさらに攪拌し、残りの水で器壁についた寒天粒子を流すように入れる。
- 2枚重ねたアルミフォイルで蓋をして、オートクレーブする。
- 70〜60度くらいまで温度が下がってからフラスコを取り出し、培地が均一になるように十分に攪拌(旋回)する。泡が立たないように丁寧にする。
- シャーレに分注し、固化して十分さめてから、密閉容器に入れて保存する。
- フラスコは培地量の2倍容量のものを使う(500 mL 作るなら 1 L フラスコ)。カビの胞子などによる汚染が起こったときの被害を少なくするためにも、あまり多量の培地を一度に作らない方が良い。また、例えば1リットルの培地を完全に滅菌するには標準より 10〜15 分ほどオートクレーブの時間を長くする必要がある(→ 「滅菌と無菌操作」)。
- N 培地、SM 培地の場合、1枚の 9 cm シャーレに入れる培地の量は、25 〜 35 mL 位が適当と思われる。
培地の厚さが不十分だとバクテリアが十分増えないために収量が急に悪くなる。バクテリアの種類によっても異なるので、自分で適量を見つけるのが望ましい。
LP 培地のように栄養分の少ない培地は、シャーレに入れる量は少な目でも良い。
- 分注するとき、フラスコは最後まで水平に近く保つのが良い。分注の途中でフラスコを立てると培地が外壁に沿って垂れてくる。フラスコがまだ冷めていないとこれがすぐに固まらず、次に分注するときにフラスコの口に戻って来ることがあるので、それが混入しないように注意する(フラスコの外壁は無菌状態ではなくなっている)。この注意を怠ると培地の保存中にカビが生えてくることがある。
- 寒天培地は室温で保存できる。乾燥しなければ1〜2ヶ月は十分使える。冷蔵でもよいが、水が溜りやすい。
液体培地
- 栄養培地の処方から寒天を除いた成分を蒸留水に溶かす。
- 完全に溶けてから培養の計画に合わせて三角フラスコに分注し、2重のアルミフォイルでふたをしてオートクレーブ滅菌する。
- 培地の量の 5〜10 倍の容量のフラスコを使う。例えば 10〜15 mL の培養をする場合 100〜125 mL フラスコ、50 mL なら 300〜500 mL フラスコ。
準備
- 白金耳(ニクロム線で作ったもので良い)、スプレッダー(直径 4〜5 mm のガラス棒を L 字型、了 字型などに曲げたもの)
- ガラス試験管 (直径 15 mm、 長さ 100 mm または 150 mm で、口の縁に膨らみの無いもの) とそれに合うアルミキャップ。
- ガラス試験管に蒸留水を 1〜2 mL 入れてアルミキャップをしたものを多数ステンレス製試験管立てに立て、全体をオートクレーブ滅菌する。
- 0.5〜1 mL ガラスピペットをステンレス缶に入れて乾熱滅菌する。
- 一度に使う量が少ない場合は、滅菌したエッペンドルフチューブに必要量の滅菌蒸留水を入れる方が便利。この場合、ビーカーなどに多数のエッペンドルフチューブを入れ、2重のアルミフォイルで蓋をしてオートクレーブする。実習などで試験管を洗う手間を省きたい場合もこの方法が利用できる。
- エッペンドルフチューブの場合は、蓋を開ける道具を使うと指が蓋の内側に触れるのを防ぐことができる。
- ここで蒸留水としているのは蒸留水でも使えるという意味で、弱酸性のリン酸バッファーなどでも良い。
実験用ストックの作成
以下の方法は、細胞性粘菌を1種類だけ使う場合に、バクテリアのストックプレートと1種類の細胞性粘菌のストックプレートを一緒に作ることを想定している。2種以上の細胞性粘菌を使う場合はプレートの枚数を増やし、粘菌の種毎に白金耳を火炎滅菌する。
(長期保存のためのストックの作成 → 「細胞性粘菌の長期保存」)
- エッペンドルフチューブを用いる場合は、滅菌したピペットチップで滅菌蒸留水を必要量(a)入れる。
- バクテリアの親ストックから、火炎滅菌(b)した白金耳で少量のバクテリアを取り、滅菌蒸留水に入れる。
- 新しい栄養培地のプレート2枚に上のバクテリア懸濁液をそれぞれ約 0.2 mL 滴下して、火炎滅菌(c)したスプレッダーで拡げる。
- 細胞性粘菌の子実体の胞子塊に、先ほど使った白金耳(d)で触れて胞子を取る。
- これを、上で作ったバクテリアのプレートの1つに接触させ、先ほど使ったスプレッダー(d)で拡げる。
- これらのプレートを恒温培養器などに入れる(e)。
- バクテリアのストックプレートは、培養開始から2〜3日くらいで冷蔵庫に移す(f)。
- 細胞性粘菌のストックプレートは、プレート全体で子実体が十分成熟したら(g)冷蔵庫に移す(h)。
- プレート1枚当たり 0.2 - 0.3 mL くらい。ただし、プレートは保存中に乾燥してくるので、古いプレートでは量を増やす(1 mL くらい必要になることもある)。
- バーナーの炎の中で赤みが差すまでゆっくり熱する。十分さましてから使う。
- エタノールにつけてバーナーで発火させる。十分さましてから使う。
- プレートに触れる部分がどこにも接触しないように立てておけば、餌にするバクテリアがついているだけなので新たに滅菌する必要はない。
- 室温で培養する場合、乾燥やゴミの侵入(横からの風でゴミなどが入る可能性がある)を防ぐためにプレートを適当な容器か袋に入れる。培養器を使用する場合でも、ファンの風が当たる場合は同様の注意が必要。いずれの場合も、あまり小さな容器に密閉するのは良くない。
- 培養開始から2〜3日くらいでバクテリアの白っぽい層が寒天の表面を覆い、それ以上はあまり増えず、そのままにしておくと死んでいく。2週間から1ヵ月毎にストックを作り直す。
- 22 C の場合、2日目にはバクテリアが薄くなりはじめて次第にプレートのあちこちで集合が始まり、3日目くらいから子実体が形成され、その翌日くらいには大体出揃う。温度が低いと当然もっとかかる。
- ストックが古くなると子実体の胞子塊が乾燥し、白金耳で取りにくくなるので、2週間から1ヵ月毎にストックを作り直すのが良い。
固形培地を用いた培養
固形培地を使う場合は、基本的には上の細胞性粘菌のストックプレートの作成と同様。
- 火炎滅菌した白金耳でバクテリアのストックから必要量を取り、滅菌蒸留水に入れる。
- 細胞性粘菌のストックの子実体の胞子塊をいくつか(キイロタマホコリカビの場合、大きな子実体なら 2〜5 個/プレート)を取り、滅菌蒸留水に加える。
- これをよく撹拌し(vortex mixer が便利。ピペッティングで混ぜる場合はあふれささないように慎重に)、0.2〜0.3 mL を培地表面に適下してスプレッダーで丁寧に拡げる。
- これらのプレートを恒温培養器などに入れて培養する。
- キイロタマホコリカビの場合、増殖期にある細胞を多く集めるには、22 C で約 40〜42 時間の培養が目安。条件が良ければ1枚のプレートあたり 5 x 108 (遠心で沈澱させたときの体積約 0.5 mL)くらいの細胞を集めることができる。
- 対数増殖期の細胞(一定の倍加時間で増えている細胞)が必要なときは、もう少し早く集める必要があるが、当然、収量はかなり少ない。このような目的には旋回培養を用いるのが良い。
液体培地を用いた培養
- 滅菌チューブに液体培地を少量とる。
- 火炎滅菌した白金耳でバクテリアのストックから必要量を取り、液体培地に懸濁する。
- 細胞性粘菌のストックの子実体の胞子塊をいくつか(キイロタマホコリカビの場合、大きな子実体なら 2〜5 個/プレート)を取り、バクテリアの懸濁液に加える。
- これをよく撹拌し、フラスコの中の液体培地に加える。
- 旋回培養器に固定して 120〜200 rpm(回転/分)の速さで運転する。
- 植え付けるバクテリアと粘菌の細胞のバランスが重要なので、ある程度試行錯誤して条件を見つける必要がある。
- 細胞を多量に増やす場合、植え付けのときに完全にコントロールするのは難しいので、まず 10 mL 位で予備培養を始め、スケールアップするのが良い。
それには、予備培養と並行して必要な量の培地にバクテリアだけを植え付けて培養を始めておき、これに予備培養した培養液を加える。
加える量は、細胞を集めたい時までの時間と必要な細胞数から倍加時間に基づいて逆算する(または増殖曲線からグラフ的に求める)。
- バクテリアをあらかじめ増やしておき、それをリン酸バッファーなどに懸濁したものに細胞性粘菌の細胞を植え付けて旋回培養することもできる。
例えば、大腸菌を LB 培地で大量に増やし、それを冷却遠心器で集めて一度洗ってリン酸バッファーに懸濁したものは、かなり長期間にわたって冷蔵保存できる。
増殖期の細胞を再現性良く得るには最良の方法といえるが、そのための設備が必要になる。
組成
キイロタマホコリカビの axenic 株としては、Ax-2 (Ax2, AX2 などとも書かれる)、A3 (Ax-3, Ax3, AX3)、Ax4 (AX4, KAx3) が広く用いられている。
これらは NC-4 株(D. discoideum の基準培養株、type culture strain)に由来する変異株だが、これらを親株として多数の突然変異体や遺伝子改変株が作られていて、それらと比較するときは野性型として扱われている。
これらの株の培養に用いられる液体培地の組成の例を次に示す。
- Axenic 株の培地 (文献4)
-
ペプトン 14.3 g,イースト抽出物 7.15 g,ブドウ糖 15.4 g,
KH2PO4 0.486 g,Na2HPO4・12H2O 1.28 g,
蒸留水 1000 mL.
- 上に示した組成は Ax-2 の培養用に作られたものだが、Ax-3、Ax4 の培養にも適している。
- Ax-3、Ax4 の培養には HL-5 medium とよばれる培地がよく使われる。いくつかのバージョンがあるが(オリジナルはペプトン 14 g,イースト抽出物 7 g,ブドウ糖 16 g、KH2PO4 0.5 g,Na2HPO4・7H2O 0.95 g、文献5)、どれも上の組成とあまり違わない。最小培地も作られている(文献6)。
- ブドウ糖のかわりに麦芽糖を加えると増殖の効率が少し高くなる。逆に糖を除いても増殖の速さは少ししか下がらないが、最終的に到達する細胞密度はかなり低くなる(文献4)。糖を含まない培地では、多核の細胞がやや多く生じる傾向がある。
- ペプトン、イースト抽出物の製造会社、さらに同じ会社の製品でもバッチが違うと増殖に大きな違いがでることがある。また、遺伝子導入を行なう場合、その効率はペプトンの質に大きく左右されることが知られている。
液体培地の作り方
- 上の組成からブドウ糖を除いたものを 950 mL になるように蒸留水に溶かし、例えば 190 mL ずつ分注する。
- 上の20倍の濃度になるようブドウ糖を蒸留水に溶かす(たとえば 30.8 g を溶かして 100 mL 溶液をつくる)。
- これらをオートクレーブ滅菌する。
- 使うときにブドウ糖の20倍ストック溶液を培地の 1/19 量加える。
- ブドウ糖を分けずに他の成分と混ぜた状態でオートクレーブすると、おそらくブドウ糖のカラメル化により培地が褐色になる。ブドウ糖をあとで加える場合と比べ倍加時間はあまり変わらないが、最終細胞密度が 2/3 くらいになる。
- バクテリアが紛れ込んだ場合に備え、その増殖を防ぐために培地に抗生物質を加えることが多い。一度バクテリアを食わせた細胞を単独培養に戻すときには必須。
テトラサイクリン(終濃度 7.5 μg/mL)、ストレプトマイシン(終濃度 125 μg/mL)などが用いられる。
例えばテトラサイクリンの場合、テトラサイクリン塩酸を終濃度が 7.5 mg/mL になるよう蒸留水に溶かし、ポアサイズ 0.2 μm の滅菌済フィルタを通して、滅菌したエッペンドルフチューブに小分けする(塩酸塩でない場合はエタノールに溶かす)。
これを培地の 1/1000 量加える。ストックは -20 度で保存する。
- 培地とグルコースストックはふつう冷蔵保存するが、長期間でなければ室温でも良い。
- 以下の操作でシャーレ、ピペットなどの器具は、すべて滅菌したものを用いる。
- 静置培養は、少量の細胞があれば足りる実験、変異体のスクリーニング、ストックから細胞を戻すとき、などに用いる。
- 多量の細胞が必要な場合には、旋回培養の方が手間がかからない。
静置培養
- シャーレなど(a)に滅菌済の液体培地を適量(b)分注する。
- 旋回培養から植継ぐ場合、細胞が浮遊している培養液をシャーレ中の培地に適量加え、ゆっくり旋回させてシャーレの底全体に培地を拡げる。静置培養のプレートから植継ぐ場合は、その培養液をピペットを使ってシャーレの底に吹きつけて細胞を浮遊させ、浮いた細胞を含む培地を適量ピペットで新しい培地に移す(c)。
- できるだけ水平で振動の少ないところに置く(d)。
- 滅菌済のプラスチックシャーレが使いやすいが、ガラスシャーレ、三角フラスコ、その他、底が平らで滅菌できる容器ならなんでも使える。倒立顕微鏡で観察するにはシャーレが必要。
- 培地の量は多い方が増殖が速いが、特に速く増やしたいということがなければ深さが 2 mm 程度が扱いやすい。9 cm シャーレでは 10 mL、6 cm シャーレで 3〜4 mL、3.5 cm シャーレで 1.5 mL 程度。
- 子実体の胞子を植え付ける場合は、白金耳などを用いて培地に移す。シリカゲルストックの場合は、少量のシリカゲルの粒を直接培地に流し込めば良い。
凍結した細胞のストックを戻す場合は、融解後、直ちに新鮮な培地を追加して弱い遠心(4000 rpm, 2 sec など)で細胞を沈澱させて保護剤(DMSO など)入りの培地をできるだけ除き、少量の培地に浮遊させてシャーレに加える。(→ 「細胞性粘菌の長期保存 ― アメーバ状態での保存」)
- 水平でないと、大きいシャーレの場合にはシャーレの一端が乾いてくるおそれがある。また、部屋が乾燥している場合は、培地が乾燥しないような工夫が必要。
旋回培養
- 三角フラスコに滅菌した培地を分注する(a)。
- 旋回培養から植継ぐ場合、もとの培養液の中の細胞密度を血球計算盤などで求め、フラスコを良く撹拌してすぐにマイクロピペットなどで必要量を量って新しい培地に加える(b)。
- 旋回培養器に固定して 120〜200 rpm(回転/分)の速さで運転する(c)。
- フラスコの規定容量の 1/5〜1/10 の量が適当(100 mL フラスコには 10〜20 mL、など)。いつも使う培地の量が決まっていたら、フラスコに分注したものを滅菌すれば良い。
- 自分の用いる条件での倍加時間を事前に調べておけば、植え継ぐ細胞数を勘定することによって、望む日時に望む量の細胞を得ることができる。静置培養から植え継ぐときは、適当に植え付け、2日ほど後に細胞数を調節する方が正確にできる。
旋回培養の場合、条件が良ければ、22 C のとき 9〜11 時間の倍加時間でで指数関数的に増え、細胞密度が 5 x 106 cells/mL あたりから次第に増え方が遅くなって 1.5〜3 x 107 cells/mL 位で増加が止まる。
- 回転半径 1 cm の旋回培養器で 10 mL の培養液の入った 100 mL フラスコを振る場合、175 rpm 位が適当。回転半径やフラスコの大きさが違う場合は、経験的に決める必要がある。
ペプトン、イースト抽出物ともに 500g 数千円、寒天は 500g 約1〜3万円。
-
Bonner, J. T. (1947). Evidence for the formation of aggregates by chemotaxis in the development of the slime mold Dictyostelium discoideum. J. Exp. Zool. 106, 1-26.
-
Sussman, M. (1961). Cultivation and serial transfer of the slime mold Dictyostelium discoideum in liquid nutrient medium. J. Gen. Microbiol. 25, 375-378.
-
Raper, K. B. (1951). Isolation, cultivation, and conservation of simple slime molds. Quart. Rev. Biol. 26, 169-190.
-
Watts, D. J. and Ashworth, J. M. (1970). Growth of myxamoebae of the cellular slime mould Dictyostelium discoideum in axenic culture. Biochem. J. 119, 171-174.
-
Cocucci, S. M. and Sussman, M. (1970). RNA in cytoplasmic and nuclear fractions of cellular slime mold amebas. J. Cell Biol. 45, 399-407.
-
Franke, J. and Kessin, R. (1977). A defined minimal medium for axenic strains of Dictyostelium discoideum. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 74, 2157-2161.