Up(細胞性粘菌の培養と観察)
滅菌と無菌操作
以下の記述は細胞性粘菌の培養を念頭に置いたもので、病原性の微生物を扱う場合のように厳密な滅菌が必要な場合には当てはまらない内容を含んでいる。
滅菌
微生物の実験では、意図しない微生物などの混入(contamination, いわゆるコンタミ)を防ぐ必要があり、そのためには滅菌と無菌操作は欠くことができない。
短期間の培養や観察だけなら、蒸し器を用いた常圧の蒸気滅菌、ガスコンロや電子レンジを用いた煮沸滅菌でも実用になるので、特別な設備が無くても細胞性粘菌の培養・観察はできる。しかし、条件を厳密にコントロールした実験をするには、十分な滅菌と適切な無菌操作が必要になる。
医療や食品加工などの分野のように非常に神経質になることはないが、実習などでは正しい知識と良い習慣を身につけることも重要な目的の一つなので、滅菌の原理や個々の方法の限界なども確認しておくのが望ましい。
滅菌操作は、高温、高圧、裸火、紫外線、引火性物質などを使うので、普段の実験室での作業の中では危険度が高いものと言える。
以下に、実験室でよく使われる滅菌方法とその原理、いくつかの注意点を挙げる。オートクレーブに入れたら何でも滅菌できるわけではないことに注意( >> 注意点)。
滅菌の方法と原理
- 燃焼(有機物の酸化) --- 火炎滅菌
- 高温(タンパク質の変性・凝集) --- 乾熱滅菌、オートクレーブ、煮沸滅菌
- 紫外線(DNA 損傷、活性酸素生成) --- クリーンベンチ・無菌箱の内部の滅菌
- 薬品(タンパク質の変性、酸化、など) --- アルコール、次亜塩素酸、逆性石鹸
- 瀘過(バクテリアとそれ以上のサイズの微生物の除去) --- フィルター滅菌(ポアサイズ 0.2 μm)
方法(時間は設定温度に達している期間を表す)
- 火炎滅菌
- 白金耳、ガラス製のスプレッダーのほか、ピンセット、ハサミ、スパチュラなどのステンレス製の器具、試験管やフラスコの口の部分の滅菌に適している。
- 白金耳、ピンセットなどの器具の滅菌すべき部分をエタノールに浸したあと、ガスバーナーの炎の先端近くに入れる。白金耳の場合、赤熱するまで加熱する。植継ぎなどにすぐに使う場合は、試験管に取った滅菌蒸留水、または新しい無菌的な寒天プレートの端の方に先端を突っ込んで冷ましてもかまわない。作業が終わったときは火炎滅菌のあと自然に冷ます。
- ガラス製のスプレッダーは、エタノールに浸したあと、ガスバーナーの炎に一瞬入れてアルコールを燃やす。炎で強く加熱すると割れるおそれがある。
- 試験管、フラスコなどの口の場合は、そのまま炎の中で回しながら加熱する。
- スプレッダーなどを2回滅菌する場合は、火が完全に消えたことを確かめてからエタノールに浸す。容器の中のエタノールに火がついたら、あわてずに蓋をすれば良い。ただし、きっちりしまる蓋で火を消すと、蓋が吸いついて開かなくなる。
- 乾熱滅菌
- 160 C 2〜4 時間、180 C 1〜2 時間、など。
- オートクレーブ
- 高圧蒸気滅菌は乾熱滅菌より効率が良く、ずっと低い温度・短時間でほぼ完全な滅菌ができる(乾燥状態より水素結合が切れやすく蛋白質の変性が速い)。温度が高いほど短時間でですむが、水の飽和蒸気圧が 2 気圧となる 250 F (121.1 C) で 15 分、または 120 C で 20 分の組合せが標準的に用いられている。これは滅菌すべきものの容量が小さい場合で、熱容量の大きなものは設定温度に達するのに時間がかかるため、もっと長時間必要(下記の注意を参照)。
- 溶液を滅菌する場合、容器に圧力差が生じないように蓋を少し緩めておく。
- 滅菌後は、圧力が十分下がってからオートクレーブの蓋を開ける。
- 煮沸滅菌(完全な滅菌はできないが、状況によって利用価値がある)
- ガラスやステンレスの器具を 15 分くらい煮沸する。
- 水の場合、電子レンジなどを使って蒸留水を殺菌できる。溶液の場合は溶媒の蒸発によって少しばかり濃縮されることになる。
- 栄養を含まない寒天培地をすぐに使うために作るときは、電子レンジで 2〜3 分ほど沸騰させるので実用になることが多い。ふきこぼれやすいので、頻繁にかき混ぜながら少しずつ加熱する。
- 紫外線
- 波長 260 nm くらいの紫外線ランプで、クリーンベンチや無菌箱の中の表面や空気中の微生物を減らすことができる。
- 寒天培地の表面などを滅菌するには、紫外線ランプの下でプレートの蓋を開けて5分ほど紫外線を当てる(15W ランプ、距離 50 cm くらいの場合)。培地の成分も影響を受ける可能性があるので、長くしない方が良い。
共通の注意点
- 高温を用いる方法では、当然ながら火傷に注意。直接のやけど以上に、熱いものに触れたときの腕の反射運動などがより大きな事故を引き起こす可能性がある。
- 滅菌済みのものと未滅菌のものが混ざらないよう気をつける(滅菌済みのインジケーターテープを利用すると良い)。
個々の方法の注意点
- 火炎滅菌
- バクテリアの塊などを直接炎に入れると、菌が死滅する前に飛び散ることがあるので、はじめから強く加熱しない。
- アルコールの容器は間違っても倒すことのないように安定なものを用い、置き場所にも気をつける。
- オートクレーブ
- 滅菌したいものの隅々まで飽和蒸気が行き届かないと有効な滅菌ができない。例えば、きっちり蓋をした空の容器、ぴったり重ねたスライドグラス、干からびた培地をオートクレーブバッグに入れて口を閉じたもの、などは十分滅菌できない。油、グリースなどに覆われた部分も同様。
- 設定温度を確かめる。温度が少し低いと、同じ水準の滅菌をするのにずっと長い時間が必要になる。例えば 120 C の場合、121 C より1度低いだけで5分余計に必要になる。115 C なら滅菌時間は1時間必要。
- 溶液や培地の量が多いと、必要な温度に達するのに長くかかる。1リットルの溶液の場合、121 C で少なくとも 10 分ほど余分に時間が必要。寒天培地のように粘性が高く、対流がおきにくいものはさらに時間がかかると思われる。しかし、高温の時間が長くなると培地の成分によっては影響を受ける場合があるので、時間を長くするより液量を少なめにする方が良い。
- 煮沸滅菌
- 時間を伸ばしてもあまり滅菌の効果は上がらないが、3日にわたって毎日1時間 80〜100 C に加熱(それ以外の時間は室温から 37 C くらいに保つ)すれば完全な滅菌ができるとされている(Tyndallization とよばれる)。
- 水を電子レンジで滅菌するときは、蓋は緩めて蒸気を逃す。取り出すとき、この蓋のすき間から高温の蒸気が下向きに吹き出すので注意。
- 紫外線
- 影になる部分や蓋をしたガラス容器の中などは滅菌できない。またランプが古くなると、光ってはいても効果は減退する。
- 扉が開いた状態で殺菌灯を点灯しない。ランプを直視しないのはもちろん、皮膚への照射や作業台から反射光が目に入ることも避ける。
<参考>
Hoslink - Sterilization and Disinfection in the Laboratory
Technical Service Consultants - Sterility
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