Up(細胞性粘菌の培養と観察)
細胞性粘菌の集合・形態形成の観察
二員培養のままで観察する方法
遠心操作などを使わず、手軽に形態形成過程をかなり詳しく観察することができる。
栄養培地にバクテリアを薄く拡げ、その一端か中央に細胞性粘菌の胞子またはアメーバ状の細胞を植え付けると、細胞性粘菌が増殖しながらプレート上を次第に拡がり、バクテリアを食い尽くした領域では細胞の集合から移動体や子実体の形成が順次おこる。
栄養分を含まない寒天プレートでも同様の方法が使える。
バクテリアをプレート全体に拡げるのではなく帯状に拡げると、形成された移動体がバクテリアのいない寒天の部分に這い出してくるので、簡単な実験も可能。
栄養分の多い培地では、混み合いすぎて形態形成が観察しにくいことが多く、形態形成に異常が見られることもある。
しかし、集合の過程での波の伝播は、ある程度細胞密度が高い方が見やすい。
(このような培養の一例を映画のページで見ることができる --> movies 1)
餌を除く方法
子実体形成過程の出発点をできるだけ揃える必要がしばしばあるので、粘菌細胞が餌を消費するのを待たずに、強制的に餌を除くことが多い。
二員培養で増やした場合、細胞性粘菌の細胞の方がバクテリアより半径が1桁大きいため沈降速度が2桁違うので、効率良く遠心分離ができる。
単独培養では、液体と固体を分けるだけなので、ずっと簡単に餌を除くことができる。
まず細胞性粘菌を餌から分離する方法の例を挙げ、次にそのようにして集めた細胞を使って発生(無性生殖過程)を観察する方法を示す。
準備
- 細胞性粘菌の増殖の結果バクテリアの層が薄くなりかけたプレート
- 塩溶液(燐酸バッファーまたは標準溶液 ― 氷につけておく)(a)
- 氷(できれば細かく砕いた氷)(b)
- スプレッダー(直径 4〜5 mm のガラス棒を L 字型、了 字型などに曲げたもの)
- コマゴメピペット(5 mL)、またはピペッター(1000 mL Pipetman など)とピペットチップ
- 遠心器と10〜15 mLの遠心管を数本(小型遠心機の場合は 1.5 か 2.0 mL の試験管)
- 廃液を溜める容器
二員培養の場合
固形培地の場合を示す。液体培養のときは下の「1」が不要で、あとは同様。
- プレートに塩溶液を 5 mL ほど加え、スプレッダーで丁寧にこすって粘菌の細胞とバクテリアを浮遊させ、ピペットで遠心管にとる。これをもう1回繰り返す。
- よく撹拌し(蓋付の遠心管なら vortex mixer で、蓋無しならピペッティングで)、1500〜2000 rpm (1分当回転数)で約1分間遠心する(c)。
- 粘菌のアメーバはほとんど沈澱するので、バクテリアで濁った上澄だけを廃液溜めに捨てる(d)。
- 遠心管に塩溶液を入れ、直ちに撹拌して(e)粘菌の細胞を浮遊させ、塩溶液を追加して液量を合わせて遠心する。
- 上澄にバクテリアがほとんど無くなるまでこの操作を繰り返す(f)。
- 実験の目的に合わせて適当な量の塩溶液、または別の溶液を遠心管に加え、すぐに撹拌して細胞を浮遊させる。
- 細胞性粘菌の細胞を集める溶液は、変なものでなければ何でも使えるが、John Bonner が "standard solution" と呼んだもの(10 mM NaCl, 10 mM KCl, 3 mM CaCl2)、弱酸性から中性付近のうすいリン酸バッファー(たとえば 10〜20 mM potassium phosphate, pH 6.0)、standard solution にリン酸バッファーを加えたもの、などが広く用いられている。
- 塩溶液を氷冷する必要はないが、冷やすと酸欠などで細胞が死んだりすることが少ない。特に遠心管が多数のときなどは、操作中以外は氷につけておくのが安全。
- ここに示した回転数は、遠心管の中央部における回転半径が約 10 cm、最大回転半径が約 13 cm の遠心器の場合。中央部で約 250 g の加速度になる。半径がこれと異なる場合、一定の遠心加速度のとき回転半径の平方根と回転数が反比例することを使って計算できる(小型遠心機なら 4000 rpm 10 秒など)。ここに示した遠心時間は、回転数が最大近くになっている時間。1500 rpm よりずっと遅い回転速度で長時間(5分など)も使われているが、下で述べる理由から、遠心の時間はあまり長くしない方が良いと思われる。
- 廃液溜めに流し込み、遠心管を下に向けたまま口の部分に残った上澄をペーパータオルなどで吸い取る。細胞の量が多いときは、沈澱した細胞もゆっくり流れ出してくるので操作は手早くする。無菌操作が必要なときは、アスピレーターに廃液溜めをつないだ装置を用意し、先端に滅菌したピペットチップをつけ、下に向けた試験管の口の部分に残った上澄(または試験管を立てたまま上澄の全部)をこれで吸い取れば良い。
- 増殖期の細胞は酸素の消費量が大きく、遠心管の底で詰まっている状態では長持ちしない。細胞の排出物の蓄積も悪い影響を与えると考えられる。このようなダメージを最小限にするため、できるだけ早く塩溶液に浮遊させるようにする。
- 特に厳密にバクテリアを除く必要がなければ、あわせて4回の遠心で足りる。氷冷したリン酸バッファーを用いると効率良くバクテリアを除くことができる。ただし、バクテリアに比べて粘菌の細胞が極端に少ないと、バクテリアを除くのは難しい。また、分裂したバクテリアが離れずに数珠つなぎになることがあり、このようなものは速く沈澱するので粘菌の細胞と別けるのは困難。
単独培養 ―― 旋回培養の場合
- 培養液を遠心管に移し、1500〜2000 rpm で約1分間遠心する
- 上澄だけを廃液溜めに捨て、沈澱した細胞の上に適当量の塩溶液を加えて直ちに撹拌して浮遊させる。
- 塩溶液を追加して遠心管の重量を合わせ、もう一度遠心する。
- 実験の目的に合わせて適当な量の塩溶液、または別の溶液を遠心管に加え、すぐに撹拌して細胞を浮遊させる。
単独培養 ―― 静置培養の場合
細胞の多くは容器の底面に接着しているので、これを浮遊させる。たとえばピペットで培養液を吸い、これを容器の底面に勢い良く吹き付けると細胞が浮いてくるので、底面全体の細胞が浮遊するまでこれを繰り返す。細胞がダメージを浮ける可能性があるので必要以上に強く吹き付けない。
三角フラスコを使う場合は、勢い良く旋回することで細胞はある程度剥がれる。
少量の細胞を使う実験のときは 6 cm あるいは 3.5 cm シャーレの培養で足りることもある。特にいくつかの変異株を並行して調べるときなどに効率が良い。以下に 3.5 cm シャーレ中で 1.5 mL の培養をしている場合の例を示す。チューブの数が多いときは氷を使う方が良いが、遠心器は冷却である必要は無い。ピペットは 1000 μL PIPETMAN などが使いやすい。
- ピペッティングで細胞を浮遊させ、これをエッペンドルフチューブに移す(a)。
- 小型遠心器を用いて 5000 rpm 5 秒の遠心で細胞を沈澱させる(b)。
- ピペットチップ(イエローチップ)をつけたアスピレーターで上澄を吸い取り(c)、沈澱した細胞に塩溶液を 1 mL 加えて撹拌し、細胞を浮遊させる。
- 上と同様に遠心したのち上澄を除き、適当な量の塩溶液または別の溶液を遠心管に加えてすぐに撹拌する。
- 6 cm シャーレの場合はエッペンドルフチューブ2本に分ける。
- ここに示した遠心器の回転速度は、遠心管の中央部における半径が約 6 cm、最大半径が約 13 cm の遠心器の場合。中央部で約 250 g の加速度になる。遠心時間は、回転数が最大近くになっている時間。
- 複数の株を扱う場合、チップは1回毎に取り換える。
集合と形態形成の観察
上記の方法で塩溶液中に集めた細胞(二員培養の手順の6、単独培養の手順の4)を、寒天培地などの上に薄くひろげて室温で乾かないように保てば、数時間の内に細胞があちこちで集まり始め、翌日には移動体になり、さらに次の日には子実体ができ始めることが期待できる。
しかし、確実に見たいものを得るには、いくつかの注意すべきところがあるので、集合の過程と移動体の運動の観察に適した方法の例を以下に挙げる。
準備
- 集合用の寒天プレート(10 mM リン酸バッファー pH 6.0 に 15 g/L の寒天を溶かして固めたもの)
- 移動体用の寒天プレート(蒸留水 に 20 g/L の寒天を溶かして固めたもの)
- プラスチックのシャーレの方が使いやすいが、静電気のため移動体が蓋の方に引っ張られて細長くなることが多く、その点はガラスシャーレの方が良い。
- プレートの底から顕微鏡で観察する場合、寒天は薄い方が良い。たとえば 1 mm 前後。
集合の観察
- 塩溶液の量を加減して細胞密度が大体 106 cells/mL になるようにし(a)、試験管を氷につけておく。
- 良く撹拌したのち、その 1 mL を集合用寒天プレートの中央部に静かに置き、プレートが少しでも動かないように慎重に蓋をする(b)。
- 10 分ほど静置した後、プレートを静かに少しずつ傾ける。細胞は寒天表面にくっついて上澄だけが流れてくれば、うまくいっている。
- 細胞が流れ出さなければ 60 度位まで傾け、下に溜った上澄を取り除く(c)。
- プレートは乾かないように容器に入れて静置する。
- 正確にするには血球計算盤で細胞密度を求める。大雑把には、沈澱した細胞の体積から概算する(0.1 mL が約 108 細胞に相当)。
- どういう方法でも拡げようとすると細胞同士がくっついてかたまりができやすい。溶液の流れができても同様なので、全く触らないのが良い。また細胞は冷やすと互いに接着しにくい。
- 寒天の表面に薄く残った液体の量によって、その後の細胞の様相が大きく違ってくる。望む状態を得るには、ある程度の試行錯誤は避けられない。
移動体の作成
- 細胞の浮遊液をもう一度遠心して上澄をじゅうぶん除き、細胞の沈澱にごく少量の塩溶液を加えてすぐに撹拌する。
- ピペッティングで混ぜ合わせ、移動体用の寒天プレート(a)に適当な間隔で 5 μL のスポット状に置く(b)。
- 10 分ほど静置した後、プレートを静かに少しずつ傾け、流れてきた上澄をピペット、濾紙片、などで除く。
- プレートは乾かないように光の入らない容器(c)に入れて静置する。
- 蒸留水の寒天の方が移動体の期間が長い。また蒸留水の上でできた移動体は壊れにくいので、移動や移植などの操作がしやすい。
移動体がほしいがプレートにバッファーを入れたいときは、できるだけ低濃度で少し高めの pH のバッファーを使う方が良い。
逆に子実体に早くなってほしいときは、濃度が高目で弱酸性のバッファーに溶かした寒天プレートを作る。
- 線状に置いても良い。上澄を除くときはこの線の向きに傾ける。移動体は線から大体直角方向に這い出してくる。
- 光は移動体の形成を阻害しないが、細胞性粘菌の多くの種では移動体が光に向かう性質(走光性)が強いので、上からの光があると上に向かおうとするため移動体の先端が寒天から(つまり水分から)はなれる時間が多くなり、その結果、子実体になりやすくなる。
静置培養から培養液を置き換える方法
Axenic 株を静置培養する場合、培養液の置換えをするだけでその後の集合や発生を見ることができる。
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105〜106 cells/cm2 くらいまで細胞が増えた静置培養から、ピペットなどで培養液を除く。
- シャーレの端の方から塩溶液を静かに加える。
- 塩溶液を静かに除き、もう一度塩溶液を深さ 1 mm 位まで加える。
- この状態で細胞の集合は起こるが、水中では移動体は形成されない。
- 子実体の形成まで進めるには、シャーレを傾けて塩溶液を吸い取った後、残った少量の塩溶液が乾かないような工夫をする。
ただし細胞数を少なくする必要がある。細胞が多いと、液量が少ないために細胞自身が出す老廃物が蓄積して、細胞の具合が悪くなる。