KDG Archive — Redirected from the former Kyoto Dictyostelium Group Website
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1. 形態形成の概観

D. discoideumの細胞は,飢餓状態が数時間続くとcAMPへの走化性反応によって集合し,丘状の細胞集合体(mound)を形成する.初期の集合体(loose moundまたはloose aggregate)は組織としての結合が弱く,簡単に単細胞に解離できるが,次第に細胞間の結合が強まり,slime sheathあるいはsurface sheathとよばれる細胞外マトリクスに全体が覆われて,表面がなめらかで,よりしっかりした組織体(tight moundまたはtight aggregate)になる.この集合体の頂上には,やがて突起(tip)が生じ(tipped mound),それが上方に伸長して集合体は次第に細長くなる(standing slugまたはfirst finger).集合体は次第にどちらかの方向に曲がり,その一部が地面に接すると,それまでの伸長運動がそのまま移動運動に引き継がれて全体がナメクジのようにはいまわる.この時期の集合体を移動体(slug)とよんでいる.移動体には,その形態や運動方向からわかるように極性があり,それが反転することはない.細胞外マトリクスの分泌は絶えることなく続き,細胞はそのマトリクスを足場として運動するので,移動体が通った後には細胞外マトリクスのぬけがらが,さながら本物のナメクジが歩いた跡のように残される.移動体は21 Cでは1時間に自分の長さほど進み,その運動方向は光や温度などの外界の刺激に影響される.

乾燥や周囲のアンモニア濃度の低下などがきっかけとなって移動体は再び上を向いたあと,その上部が移動体の本体を下向きに貫いて伸長し,最後に胞子群(sorus)と,それを支える柄(stalk),さらにその根元を支える基盤(basal disk)からなる子実体(fruiting body)を作る(註1).移動体がはいまわる期間は様々な要因に左右され,移動運動を全くせず子実体を作る場合から,1週間以上はいまわることまである.子実体のサイズは,実験室条件では20細胞ほどの小さなものから100,000以上の細胞を含む大きなものまで,大きさの広がりは4桁にもおよぶが,大きさによらず構造は基本的に同じで,胞子群:柄:基盤の比率もあまり変わらない.子実体を構成する細胞のほとんどは,セルロースを含む細胞壁に全体をおおわれていて自分で運動することはできない.胞子(spore)は,細胞膜の外側を糖蛋白,多糖類などからなるじょうぶな胞子外皮でつつまれ,乾燥や高温,凍結に耐える.柄と基盤を構成する細胞は,構造的には互いに区別できないことから,どちらも柄細胞(stalk cell)とよばれ,細胞体のほとんどを占めるまで液胞が発達する.柄細胞が積み重なってできた子実体の柄は,さらにstalk sheathまたはstalk tubeとよばれる厚い外皮で全体をおおわれ,頑丈な構造になっている.

(註1)形態形成過程の様々な段階を表す術語は多いが,以下のものは比較的古い文献で多く使われている.移動体(偽変形体,pseudoplasmodium, grex),子実体(sorocarp),柄(sorophore).また,子実体形成途中の柄を除く部分はsorogenとよばれる.

D. discoideumよりも古くから知られていた近縁種のD. mucoroidesやPolysphondylium violaceumの形態形成過程もこれと似かよっているが,これらの種では移動体は柄を作りながら移動し,子実体には基盤がない.さらにP. violaceumの場合は,子実体形成が始まると移動体の後部から細胞のかたまりを柄の上に等間隔で残し,それぞれの細胞塊から通常2〜5個の小さな子実体のような構造が等しい角度で放射状に生じる(1章を参照).

これらの種に代表されるDictyostelium型細胞性粘菌(dictyostelids)の無性生殖過程は,個々の細胞にとっては増殖している未分化の状態から胞子または柄細胞に分化する過程であり,細胞の集団全体としては,胞子や柄細胞が過不足なく生じ,それらが正しく配置されるよう個々の細胞の分化と細胞活動を組織化する過程ということができる(註2)

(註2)これには例外がある.Acytostelium属は非常に繊細な子実体を作るが,その柄は移動体の分泌したstalk sheathだけでできていて,移動体の細胞はすべて胞子に分化する.


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前田靖男 編(2000) 「モデル生物:細胞性粘菌」 アイピーシー ( 出版社による本の紹介)
第6章第2節 井上 敬 「分化パターンの調節と形態形成」 (一部改訂)
- 出版社および編者の承諾を得て掲載 -

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